永禄五年(一五六二)の雑賀衆

地名・姓名宛 所荘・郷
雑賀庄本  郷源四郎大夫雑賀荘
三郎大夫
森五郎
藤内大夫
宇  治藤右衛門尉
市  場五郎右衛門尉
三日市左衛門大夫
中  嶋平内大夫
土  橋平  次
土  橋太郎左衛門
福  島次郎右衛門
狐  嶋左衛門大夫
狩(梶)取与三大夫
十ヶ郷鈴  木孫  一貴志荘
楠  見藤内大夫楠見荘
坂井(栄)谷 源次郎大夫貴志荘
松  江左近大夫貴志荘
賀田(太)助兵衛賀太荘
木  本源内大夫木本荘
地名・姓名宛 所荘・郷
宮  郷中  嶋嶋  田神宮郷
神  崎(前)中  務神宮郷
中  郷岩  橋源大夫岩橋荘
岡  崎藤右衛門尉岡崎荘
栗  栖四郎大夫栗栖荘
野上・若林治  部不明
和  佐九郎大夫和佐荘
山  本刑部佐衛門尉不明
加能(納)刑部大夫直川荘河南
南  郷大  野稲  井大野荘
旦  来松  江多田荘
多  田神  主多田荘
吉  原  林五箇荘
安  原五郎右衛門安原荘
吉  礼次郎大夫吉礼荘
三  葛田  所五箇荘
本和多利(渡)左衛門大夫多田荘

  武内善信 「雑賀衆と雑賀一向衆」(『和歌山地方史研究』46号
  和歌山地方史研究会・2003年10月)を参考にしました。
 ※.この表は、「湯河直春起請文」東京湯川家文書『和歌山市
   史』第四巻、和歌山市、1977年、戦国231号(一五六二)を
   基にしています。